ヘタフェの歴史の一部となった『久保建英』

【海外サッカー コラム】17日に行われたヘタフェ対レバンテの試合で久保建英が、クラブの残留を決定づける逆転弾をあげた。『アス』で同クラブを担当するホセ・アントニオ・デ・ラ・ロサ氏があふれる感情を綴ってくれた。

これをしたためているのは、5月16日の深夜。いわゆるスペインの現地時間であり、日本だと空が白んできた頃か。この日の午後、私は取材のためにヘタフェの本拠地コリセウム・アルフォンソ・ペレスにいたわけだが、あふれる感情を抑え込むことができなかった。

久保はヘタフェの歴史の一部となった
久保建英はもう、ヘタフェの歴史の一部となった。それも負ではなく正の遺産として。すべてを客観的に総括したいフットボール・ファンからすれば、信じられないことかもしれない。しかし、サポーターに植え付けられた記憶が凄まじい強度を有していることは、今なお昂っている私の感情が証明している。ひょっとしたら忘れたい選手になっていたかもしれない久保は、この日を境にして、決して忘れたくない選手となった。

このレバンテ戦、75分を過ぎた時点でヘタフェは1-1でも十分だった。ベンチで、イヤホンから流れてくる各試合の経過は、いつものように消極的に試合を終わらせることを促していた。勝ち点1で大丈夫、このままで残留できるさ……、と。だが、そんな落ち着いた空気が流れる中で、いきなりエルチェのゴールが決まった。安心し切っていたヘタフェは、皮肉にも久保がヘタフェデビューを果たした相手のゴールで、いきなり死を突きつけられた。

……あのエルチェ戦、私たちは久保とアレニャーのデビューに心を躍らせていた。彼らは筋肉だけを自慢としてチームに“フットボール”をするための才能を供して、私たちを喜ばせてくれるはずだったのだ。しかし、そんな期待は蜃気楼のように儚く消え失せてしまった。アトレティック・クラブ戦の1-5大敗が、久保とアレニャーがいれば守備の安定が損なわれ、攻撃どころではなくなってしまうという言い訳を成立させることに。監督ホセ・ボルダラスは1月の段階で、冬に加わった彼らを駆使してのチーム改革を放棄したのだった。

私は別に、攻守の安定の基準について議論をしようとは思わない。一選手が有するクオリティーについても議論をする価値がないように。そう、久保はヘタフェで最も高クラスの選手であり、1週間後にしっかりと顔を上げて、ここを出て行くことになる。エルチェに追い詰められた後、彼が残留を導いたゴールは私、そしてサポーターの記憶にしっかりと刻まれるのだから。

最初のボールコントロールは、やはり極上そのもの。その後アウトサイドでボールを蹴り出し、相対するホルヘ・ミラモンと距離を置いてシュートコースをつくると、左足をまさしく一閃。難しい角度ながらボールを枠内に収めてしまった。GKダニエル・カルデナスの横っ飛びは、人類史上最長・最速記録でもつくらない限り間に合うことはなかっただろう。ともすれば簡単なゴールに映るかもしれないが、これは大多数のプロ選手が決めたくても決められない類のものである。選ばれた選手が、適切な状況、適切な瞬間に生み出すゴール。蜃気楼だと思えたものが、今、ここに実体を宿したのだ。

今日はまだ、すべてを清算する日にはならない。とはいえ久保がヘタフェでもっと多くの試合に出場すべきだったのは明らかだった。思えばアレニャーが先制点を決めたときから予感はあった。冬に加入した彼らがコントロールよりも筋肉を重視したチームで、叙事詩を紡いでしまったのだ。

このレバンテ戦は、これから語り継がれる

結局、才能に勝るものはないということだろう。ボルダラスのヘタフェは相手への肘打ちを必要不可欠とするのではなく、代わりにパスをつなぐべきだった。プレッシングはボールを奪うだけでなく、今回のアレニャーのゴールのようにフィニッシュまで持ち込む術とすべきだった。スペースに出すパスは肉弾戦と自暴自棄になる合図ではなく、ゴールへの道筋とすべきだった。そして、久保建英にライン間でパスを受けさせる方法を見つけ出すべきだった。

そうしたことが果たされたこのレバンテ戦は、これから語り継がれることになる。オリヴァー・カーンやフランク・リベリがいたバイエルン・ミュンヘンと最後まで競い合い、ロナウドを激しく動揺させてキャリア唯一の退場に導いたレアル・マドリーを打ち破り、メッシのバルセロナを相手に2-5からの逆転勝利を果たし、ヨハン・クライフ・アレーナでアヤックスを打ち破った記憶と並んで。

私はロマン主義であり、この素晴らしいスポーツには即興的プレーやサプライズを取っておくスペースがあると思っている。今日、ヘタフェはラ・リーガ1部でプレーし続けられる歓喜に包まれた。その立役者となった久保は今夜、チームメートから力強く抱きしめられたことを思い出しながら眠りにつくのだろう。サポーターはクボという愛すべき日本人が、芝生にひざをついて喜びを表現したことを思い出しながら眠りにつくのだろう。誰もが、気持ち良く眠りにつくことができる。私も、今夜は良い夢が見られそうだ。今日起こったことが、夢でない限りは……。

そうでないことは、まもなく朝を迎える日本の皆さんが証明してくれるだろう。では、ブエナス・ノーチェス

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