松本人志の圧倒的な打率と類い稀な構成力
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水曜日のダウンタウンのプロデューサー藤井健太郎さんのコラム【必読です】

ダウンタウン・松本人志の凄さとは、いったい何なのだろうか。『水曜日のダウンタウン』など数々のバラエティ番組を手がけるTBSプロデューサー・藤井健太郎さんの新刊『悪意とこだわりの演出術』(双葉社)から、松本人志の圧倒的な能力のヒミツに迫ります。

『リンカーン』でダウンタウンさんと初めてお仕事をさせてもらいました。
おふたりの最初の印象は「とにかく面白い」と「圧がすごい」です。

特に番組初期は、現場でのダウンタウンさんの圧力がすごくて、いい意味で緊張感が張り詰めていました。

そんな状況で、毎週スタジオの浜田さんに段取りを説明してカンペを出していたら、番組を離れて以降も他のタレントさんに臆することが一切なくなりました。ノウハウ以外にも『リンカーン』から貰ったモノのひとつかもしれません。

そして、当たり前ですが、とにかく面白い。
いち視聴者としてももちろんですが、現場で見るダウンタウンはやっぱり圧倒的でした。

ダウンタウンさんの番組には必ず「最後は松本さんが落とすんでしょ?」という空気があります。浜田さんが「さあ、松本さん」と振って、松本さんが落とす流れにもっていくし、松本さんもその期待に応えて必ず落とす。簡単に見えるけれど、ものすごいことです。

さらに、現場で見るからこそわかる、松本さんの打率の高さや手数の多さがあります。『リンカーン』の定番コーナーだった「リストランテリンカーン」では、美味しくない料理が出てくるのが基本。おのずと〝不味い表現〞大喜利のような流れになります。

こんな企画のときにはその打率と手数が顕著でした。
他の芸人さんが2、3回発言してオンエアに使える面白い発言が1個だとすると、その間に松本さんは10回発言していて、10個全部が使える発言。

これって実は編集ではバランス良くいろいろな人の発言を使うので、テレビを見ている人にはあまり伝わらないことです。だからこそ現場では松本さんの打率のすごさをより実感できました。

「リストランテリンカーン」で味の薄いカレーが出てきたとき、ある芸人さんは「これに醤油をかけたい」と言おうとしたそうです。でも、松本さんが一瞬早く「これにカレーをかけたい」と言いました。

偉そうに松本さんの打率の話をしてきましたが、ご存じの通り、松本人志はアベレージヒッターなんかじゃありません。

飛距離だって圧倒的です。
演者としての能力はもちろんですが、松本さんの構成作家としての能力にも驚かされます。バラエティ界トップの作家である高須さんでさえ「作家としても松本に勝ったと思えたことがない」とおっしゃっていました。

「優れた演者=優れた作家」の図式が成立することって実はほとんどなくて、基本、演者さんが考えることはスタッフ目線ではどこかが欠けていることが多いんです。

でも、松本さんはちょっと例外。
例えば、オンエアにこそ至りませんでしたが、『リンカーン』で「あたかもリアクション」という企画がありました。芸人さんたちが〝あたかも〞そんなことが起こったかのようにリアクションをする選手権モノの企画です。この企画を行うにあたり、松本さんとの打ち合わせで「これはアリだね」となったネタが以下の2つです。

ひとつは、部屋が突然暗くなり、バースデーケーキが運ばれてくるサプライズのリアクション。もうひとつは、生き別れた家族が「実は今日スタジオに来ています」というご対面のリアクション。どちらもイメージし易い〝あるある〞的なシチュエーションです。

でも、打ち合わせ中に「驚きのパターンが近いから、リアクションが同じように見えないか......?」という意見が誰かから出ました。言われてみれば、たしかにその通りです。全員が「これは、どっちかひとつだけかな......」と思った瞬間、松本さんが、「バースデーサプライズの方を『部屋に入ったらケーキがある』ってシチュエーションにすれば、自分が入っていくパターンと、向こうから来るパターンで見え方が変わるから、まあ大丈夫やろ」と一言。

それだ!と、その場にいたスタッフ全員が腑に落ちました。
どちらのリアクションも、わかりやすくて是非採用したいネタでしたが、感情のパターンが 似ている……。それを似た印象にならないように、シチュエーションを少し変えることで違ったモノに見せる発想です。正直、その発想自体が特別なわけではありません。時間をかければ僕らでも気づいたかもしれませんが、そこに至るスピードが、ディレクターや作家たち、その場にいた誰よりもずば抜けて速かったことに素直に驚きました。

たくさんの芸人さんと仕事をしてきましたが、こういったスタッフ目線、特に企画ではなく構成の力がある人は本当に特殊です。こういった作り手としての基礎体力とは逆に、松本さんに突飛な発想があるのはもちろん誰もが知るところです。

純粋にその発想に驚かされたのは、『リンカーン』のロケ企画「大食いキャノンボール」でのこと。
芸人さんたちが2チームに分かれ、バス2台に分乗して高速を移動。各サービスエリアで販売されているグルメを食べまくるというこの企画は、サービスエリアごとにクジを引いて、1万円と書かれていたらチームで「1万円分食べなければいけない」というルールです。

そして、食べ終えたら次のサービスエリアに行き、最終的に先にゴールしたチームの勝利......という予定だったのですが、事前の打ち合わせで松本さんが突然、「これをビンゴにしよう」と一言。当然、スタッフは全員「いったい、急に何を言いだしたんだ?」という感じです。

松本さんのアイディアは、「数字」の代わりに「サービスエリアで食べたモノ」がマス目に書かれたビンゴゲームを行うというモノでした。
レースはレースで勝敗を決めるところまでありつつ、その後、メンバーたちがTBSに戻ってきたら、ダウンタウンがスタジオで待っていて急きょビンゴ大会がスタート。ビンゴカードが配られ、司会のダウンタウンから「Bのやきとん!」といったコールがされます。

そして、その料理を食べた人だけがビンゴの穴を開けられる……という見事な企画です。

元々それだけでやろうとしていたくらいなので、前半の「大食いキャノンボール」部分も、当然普通に楽しめて、さらに、それをフリにしたサプライズの企画が後半にもうひとつある......というレースとビンゴの二段構えです。オチも見事だし、二重の構造も出演者や視聴者へのサプライズ感を含めて最高。個人的には完璧な企画です。あの「これをビンゴにしよう」の瞬間に立ち会えて本当に幸せでした。

ちなみに、2011年から毎年、千原ジュニアさんと正月旅行をご一緒させてもらっていますが、ジュニアさんが旅行の話を日本に戻ってから番組でするのがとても楽しみです。

なぜなら、旅行で起きたこと、つまりトークの素材を全て知っているからです。一緒に体験した旅行のあれこれがいったいどういう編集で一本のトークに仕上がるのかを楽しめる......。それが、実はこの正月旅行の隠れた醍醐味だったりします。

「あれをフリにするのか!」「あそことあそこを繋げるのか!」と、トークの達人によるフリ や目線づけで、僕がそれほど面白い出来事と捉えていなかったようなことが、見事なオチに変化していく様を体験できます。このトークの編集力は、まさにVTRの編集にも通じるものです。毎回、いち視聴者とは違った目線で楽しみつつ、勉強をさせてもらっています。

千原ジュニアが「話芸のスペシャリスト」であることは誰もが知っていることですが、素材を知っているからこそわかる、その構成力があります。ジュニアさんもまた稀有な能力の持ち主なのです。

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