松本人志『遺書』編集者が考えた「かまいたちへの1票」の意味
AERA
真実はわからないが、人にこのような想像をさせるだけですごい。かっけーなー
これだから、芸人は松本人志信者が沢山いるのだ、芸人じゃない自分ですらこの人には完全に引き付けられるなにかがある。何かなんてわからないが殿上人と芸能界で言えばダウンタウンの事だ。

「暮れの風物詩」とも言われている「M-1グランプリ2019」(テレビ朝日系)で、松本人志さんだけがかまいたちに投票したと話題になっている。

出場した10組から最終決戦に、ぺこぱ、かまいちたち、ミルクボーイの3組が進出。結果、松本さん以外の審査員6人が投票したミルクボーイが優勝した。

ミルクボーイは大阪で活動する吉本興業の芸人だそうだが、「今年、テレビで漫才するのはこれが初めて」と言っていたから、ほとんどの視聴者にとっては無名。ファーストラウンドで「番組史上最高」という681点を叩き出し、最終決戦でもそのままの勢いだったから、「びっくり&おもしろ」で優勝間違いないなあと素人目にも映った。

そこでただ1人、松本さんだけがかまいたちに。18年も松本さんは、優勝した霜降り明星でなく和牛に投票した。和牛に投票したのは松本さんだけではなかったが、16年から4年連続「選んだコンビが優勝しない」結果だそうだ。

たくさんのニュースサイトが、この「松本さん問題」を取り上げていた。あれこれ読んだ中に、松本さんがラジオで語ったという言葉から解説する記事があった。「ファーストラウンドのネタをフリにして最終決戦に入れてくるのは禁じ手」と発言したのだそうで、ミルクボーイのネタはそこに抵触したのではと見立てていた。詳細は書かないが、確かに「コーンフレーク」を「もなか」に変えるにあたり、「うちのオカンがね」「わからへんのがあるんでしょ」と始めていた。

松本さんのラジオといえば「放送室」(東京FM)。01年からオンエアされ、終わったのは09年3月。もう10年以上前の番組での発言を拾い、分析するなんて、さすがテレビ誌の記者。漫才の技術論というのだろうか、セオリーというのだろうか、あ、一番ぴったりな言葉を思いついたぞ、松本さんの漫才に対する美学、そういう観点からは正解だろうと思う。

その上で、私は別な観点から今回のことを考えたい。漫才とはどうあるべきか、という話でなく、松本さんの「気持ち」を想像したいと思う。

■注目される「松本人志いわく」

自分の古い話からすると、1993年から週刊朝日編集部で松本さんの連載コラムを担当、それが『遺書』『松本』になった。担当になった時から今まで、ずっと「松本ファン」な私である。というわけで、私なりに「『1人かまいたち問題』とその考察(ファン目線バージョン)」を書いてみる。

最近の松本さんを見て感じるのは、後輩芸人を盛り立てたいという思いの強さだ。わかりやすいのが、メインコメンテーターを務める「ワイドナショー」(フジテレビ系)。19年10月6日にはどぶろっく(浅井企画)、うるとらブギーズ(吉本興業)が、12月15日には3時のヒロイン(吉本興業)が出演、それぞれがネタを披露した。

どぶろっく&うるとらブギーズは9月21日に放送された「キングオブコント」(TBS系)で優勝と準優勝に選ばれた2組、3時のヒロインは12月9日に放送された「女芸人No.1決定戦THE W」(日本テレビ系)の女王に選ばれたトリオ。3組が選ばれた番組はフジテレビ系ではないし、ニュースを切り取る番組でお笑いのネタに時間を割くのは異例なこと。2組は松本さんと同じ吉本の所属だが、とはいえ会社ではなく、松本さんの意向が強く働いての出演だと思って間違いないだろう。

番組でネタを見た松本さんは、3組ともに好意的なコメントをしていた。どぶろっくには「あのネタが空気をガラッと変えたんですよね」、3時のヒロインには「(男性に比べて女性が弱い)ツッコミができていて、期待できると思うよ」。その度にネットニュースが「松本人志」と「どぶろっく」または「3時のヒロイン」を見出しに、記事を配信した。

松本さんは、発言の一部を切り取るという記事の手法への不満を何度か口にしている。だが、不満を表明したところで記事は出る。であれば、それを前提に動くことは当然。お笑いコンテストで勝った芸人を番組によび、コメントをするのも、優勝という注目に「松本人志いわく」という注目が重なることを意識してのことだろう。

松本さんの若手への温かい目線をストレートに感じたのは、18年のM-1だった。霜降り明星へのトロフィーを渡した時、松本さんの目に涙が光っていた。「おれ、おっさんやな。泣きそうになってるわ」と照れ隠しする松本さんに、こちらまで涙が出てきた。

■松本人志はわかっていた

週刊朝日以来のご縁で、今は「松本人志 Creator×Creator」(月刊文藝春秋)の担当をしている。対談連載なのだが、そこにはいつも「後輩を思う松本さん」がいる。

たとえば笑福亭鶴瓶さんとの対談(19年3月号)では、「人志松本のすべらない話」が話題になった。鶴瓶さんが「あの番組に出たいって、もう何人の若い子が言うてんねんと思うわ」と言い、「あの番組でちゃんとパッケージ作って、若い子が出やすいようにしてな」と続けた時に、松本さんが少し笑った。鶴瓶さんが「あ、今、うれしそうにわろたな。せやろ?」と突っ込むと、松本さんは「うれしいですね、本当に」と素直に認め、直前の「M-1(2018)」に触れて「チームワークみたいなものに感激してしまって。ちょっと恥ずかしかったんですけど」と涙の理由を語った。

このやりとりを聞きながら思った。松本さんは「お笑い」というものが盛り上がることを、心から願っている。そのためには若い人が活躍しなくてはならず、自分が応援しようと決意している、と。鶴瓶さんがこの後、唐突に「いずれ何か、しない?」と松本さんに聞いたのは、たぶん私が思ったようなことを鶴瓶さんも感じたからだと思っている。

指揮者の佐渡裕さんとの対談でも、若手芸人の話をした(19年11月号)。佐渡さんが師である小澤征爾とバーンスタインの話をした流れで、松本さんは「M-1」審査員をしている「ジレンマ」について語ったのだ。ある程度、導いてやることはできるが、導けないぐらいのすごいやつが出てくるにはどうしたらいいのか。そういうジレンマだった。

あれこれ、昨今の松本さんについて書いた。そのような目で松本さんを追いかけてきたファンとして「M-1(2019)」を見た。松本さんが1人、かまいたちに入れたのを見た瞬間に思ったのは、「松本さん、わかって入れたな」だった。

冒頭に書いたように、ミルクボーイには「新鮮さ」があった。よく練られた漫才を、まだ売れていない芸人が必死にしていた。そこに感動があった。その点かまいたちは、すでにテレビでよく見る顔だ。同じくらい練られた、よくできた漫才だったが、感動部門だけは負けていたと思う。

松本さんは、そのことがわかっていた。他の審査員がミルクボーイに投じることも、想像できていた。だから、かまいたちに入れた。「7対0」で負けたとなれば、それがかまいたちの記録に残ってしまう。そのことを避けようとした。ミルクボーイのすごさは、「自分抜き」で十分伝わる。そう判断してのこと。結果、6対1でミルクボーイ。

以上が私の想像した、松本さんの気持ちだ。これで私の考察は終了で、ファン目線ゆえ実に単純なものになっていることをお許しいただきたい。

12月26日、かまいたちは記者会見で「松本さんの1票で成仏した。M-1に納得したので、来年につながる」と語ったとネットニュースが報じていた。2020年、かまいたちも、ミルクボーイも、もっとおもしろくなって、もっと売れること。それが松本さんの望みだと思う。

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