嵐「人気絶頂」の活動休止が社会人の「キャリア観」を激変させる3つの理由

世間に与えた衝撃の大きさ

2019年1月、人気アイドルグループの「嵐」が2020年12月31日(木)をもって活動を休止すると発表され、日本中が衝撃と驚きに包まれました。

同じく2019年の5月、嵐は「NHK東京2020オリンピック・パラリンピック放送スペシャルナビゲーター」に就任しましたが、その後、コロナ禍の影響で東京オリンピック・パラリンピックが1年延期となってしまいます。

東京で繰り広げられる世界的スポーツ競技で彼らの姿を見ることはかなわないのか……。そんな落胆の声も聞かれるなか、それでもNHKは、嵐が引き続きスペシャルナビゲーターであることに変わりはないと表明しました。

今、嵐というグループは、日本の芸能界を代表する唯一無二の存在なのだと思います。それなのに、なぜ活動休止してしまうの? と疑問を感じずにはいられないほど、絶頂期での活動休止発表―――。

ジャニーズ事務所のホームページに掲載されている「弊社所属アーティスト『嵐』に関するご報告」には、活動休止に至る経緯について以下のように記されています。

「この度、『嵐としての活動を休止する』という結論に至りましたのは、メンバーの一人である大野の気持ちがきっかけとなりました」

栄枯盛衰が激しい芸能界において、今まさに人気最高潮にあるグループが、自らの意思で活動休止を決断したこと。そのきっかけが、ひとりのメンバーの“気持ち”であったことは、今後も芸能史における忘れられない出来事のひとつとして人々の記憶に残り続けるはずです。

そして、その記憶はただ記憶として残るだけでなく、生き方や働き方といった、自らの“キャリア”への向き合い方や、これからの組織のあり方のひとつのモデルケースとして世の中に受け入れられ、これまで人々が漠然と有してきたキャリア観に影響を及ぼすようになっていくのではないでしょうか。

自ら「ポジション」を手放す決意

ともすると活動休止の衝撃にばかり目を奪われがちですが、大野智さんをはじめとする嵐の皆さんが行った決断のすごみは、むしろ活動休止後の2021年以降、嵐がいない寂しさを味わう中で、広く深くじわじわと社会に影響を及ぼしていくように思います。

今回の決断のどのような点がすごいのか。筆者(川上敬太郎。しゅふJOB総研所長、ヒトラボ編集長)が考える三つの観点から説明します。

※ ※ ※

1.利得にしがみつかない潔さ

嵐のメンバーは、それぞれが個々に人気と実力を有しています。とはいえ、今の人気が未来永劫保証されるほど、芸能界は甘い世界ではないはずです。

活動を休止し“嵐”ではなくなった後どうなるのか。何も保証がない中で、嵐のメンバーは、誰もがうらやむポジションを自らの意思でいったん手放す決断をしました。

活動休止のきっかけとなったリーダー大野さんの“気持ち”は、目先や将来の利得よりも、いま自分の中に存在するありのままの価値観に思いを致し、優先したものと言えます。

先ほど紹介したジャニーズ事務所のホームページには、大野さんのコメントが掲載されています。

「勝手ではありますが、一度何事にも縛られず、自由な生活がしてみたい」

その言葉の背景には、ノンストップで走り続けてきたハードなスケジュールや常に付きまとう世間からの目などに疲れてしまったことや、ここまでやり遂げてきたことへの達成感などもあるのかもしれません。

しかし、地位や名誉、財産などを得た人は、欲が満たされて満足するどころか、逆に欲に支配され、自分を見失ってしまうようなことさえあるものです。

それに対し、大野さんの決断には地位や名誉などに惑わされない潔さを感じます。どれだけ周囲から持てはやされようとも、揺らぐことなく、自分を見失うことなく、自分の本心に目を向けることができる素直さと賢さを備えている証拠ではないでしょうか。

そして、周囲の価値観に流されず自らの“気持ち”に向き合い、周囲を巻き込むことも覚悟の上でメンバーを信じ、自分の意思を伝えた勇気は瞠目(どうもく)に値するものだと筆者は考えます。

1年半以上の話し合い、2年近くの猶予

2.責任の果たし方と誠意

嵐メンバーのひとり、櫻井翔さんは活動休止に至るまでの話し合いについてホームページ上で次のようにコメントしています。

「20年以上共に歩んできた大切な大切なメンバーそれぞれの想いを。それぞれ少しずつ異なる沢山の想いを、なんとか一つの結論へと着地させることとなりました」

話し合いが始まったとされるのは、2017年6月。そこから活動休止の発表まで、1年半以上かかっています。

それは、嵐メンバーを含め、関わる人全員が納得できる結論に到達するのに必要な時間であり、それだけの時間をかけて全員が納得できる結論を導き出そうと取り組んだ姿勢に、嵐というグループが背負っている責任の重さが現れているように思います。

また、活動休止を発表するタイミングについて、松本潤さんは以下のようにコメントしています。

「このタイミングで発表させて頂いたのは、応援してくれているファンの皆さん、一緒に仕事をさせて頂いている関係者の皆さんに僕たちの決断を理解してもらうには時間がかかる事だと思い、この時期に発表させて頂きました」

発表から活動休止まで2年近い期間を置くことで、さまざまな仕事のスケジュールに折り合いをつけることができ、嵐ファンのみなさんは気持ちを整理する時間に充てることができます。

そして記者会見を開き、嵐のメンバーひとりひとりが、自らの言葉で丁寧に説明を重ねました。

キャリアにおけるひとつのケジメをつける際に何が大切なのか。嵐の皆さんは、それを身をもって教えてくれたと思います。まさに責任の果たし方と誠意の示し方のお手本です。

4人で続ける選択肢はなかった

3.個人の意思を尊重する組織

仮に大野さんが抜けても、残る4人で嵐を続けていくという選択肢もあったはずです。むしろ、今後のキャリアを考えた場合は、いったんそのような形で嵐を存続させる方が安全策であるようにも思います。

しかし、相葉雅紀さんのコメントには以下のようにあります。

「1人でも2人でも欠けてしまっては嵐と名乗ってグループ活動をするのは難しいと思いました」

他メンバーのコメントを見ても、同じ思いであることがわかります。しかし決断に至るまでには、グループ内でも相当の葛藤があったはずです。二宮和也さんは、以下のようにコメントしています。

「何度も話し合いそれぞれの思いを尊重し、今回休止しようという形になりました」

そして、ジャニーズ事務所のコメントにも以下のようにあります。

「最終的には20年間走り続けたメンバーの意思を尊重し、この度皆様にお知らせすることを決断いたしました」

メンバーが個々に活動を続けることはできても、嵐でなくなることには当然不安や寂しさがあるはずです。事務所としても、大きな損害は免れません。

それでもメンバーは大野さんの意思を尊重し、メンバーひとりひとりは互いの意思を尊重した上で嵐としての活動を休止する決断をしました。

損害やリスクを承知の上でメンバー全員の意思による決断を事務所が尊重したことは、これまでの企業社会などで支配的だった組織第一主義的な価値観に一石を投じるものだと思います。

勇気ある決断が私たちに示すもの

さまざまな環境要因とのバランスをとろうとする中で、知らず知らずのうちに自分の意思や本当の望みをどこかに押し込めてしまっている人は、世の中に決して少なくないはずです。

自分が本当に望む生き方、働き方とは何か。そして、組織は個人の意思をどう受け止め、どう寄り添えば良いのか。

大野さんをはじめとする嵐メンバーの皆さんが身をもって示した勇気ある決断は、これからの時代を生きる私たちが生き方や働き方などに迷った際のモデルケースとして語りつがれ、進むべき道を指し示す灯のひととなっていくのではないかと思います。

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